ドリー夢小説
薫る想い
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昼下がり。
こんな天気の良い日は、狩りに行くよりも散歩をしていたい気分になり、
は青い空を見上げながらフェイヨンへと向かうことにした。
目的地をフェイヨンにしたことに、特に意味はない。
ただ、昔眺めたフェイヨンの木漏れ日が、ふと頭をよぎり、
懐かしい記憶に誘われるまま、足を動かす。
まだ幼かった頃、幼馴染と呼べる相手がいた。
共に狩りをしながら、時には雑談もし、これからの長い未来を、
一緒に過ごすのだと、疑わずにいたあの頃。
彼は突然言った。
「モロクに行く」
最初は、一人で狩りにでも行くつもりなのかと思い口を開いたが、
次に発せられた言葉を聞き、はすぐに出るはずの言葉を呑んだ。
「……モロクにある、シーフギルドに行く」
それはつまり。
は、しばらく何も言い返せず、目の前のの顔を見つめるだけ。
そしても、それ以上は何も言わず、
見つめてくるの瞳を、じっと見つめていた。
それから間もなく、はの前から姿を消した。
どこかでまた会えるのだと思いながらも、
すでに長い月日が過ぎている。
は青い空を見上げながら、ふと、懐かしい感情を思い出す。
どんなに長い時間が過ぎても、
どんなにたくさんの雲が動いていても、
の気持ちに芽生えていた想いは、途切れることなく今もなお存在している。
きっと、きっとこの世界のどこかで生きていると信じているから。
フッとの顔に笑みが浮かんだその時、
ギルドからの通信が入った。
『今 どこ?』
桃色に染まりつつあったの顔が一瞬で冷める。
『フェイヨンに向かっている所だ』
『あら偶然だね ちょっとフェイヨンで手伝って欲しいことがあるんだよ』
『分かった もうすぐ着くだろう』
『そ? ならいいけど 一応助っ人を向かわせたから』
必要ないと断るのも悪い気がして、は「分かった」と了解の意を告げると、
ギルドとの通信を切った。
ソグラト砂漠とフェイヨン迷いの森の架け橋を渡りきった所で、
は立ち止まり、崖の下で流れる川を見下ろした。
透き通る青。
は無意識のうちに自身の髪を指に絡ませた。
「お前の髪とよく似ている」
昔、そんな風に言ってくれる人がいた。
けれど、今、確かにの背後から聞こえたような気がして、
は驚きのあまり、身動き一つ出来ずにいた。
固まっているのすぐ後ろで感じる人の気配。
布越しに聞こえたくぐもった声。
それは―――。
「」
一番、聞きたかった声だ。
「……ッ」
がの名前を呟いた直後、は背後からをぎゅっと抱きしめた。
の腕の中で、はただ前だけを見て固まる。
懐かしい香り。温かい感触。ずっと求めていた肌。
「……久しぶり、」
こんな風に、甘えた声が自分の口から出ることに違和感を覚えながら、
は、回されたの腕に触れた。
瞬間、しびれるような衝撃がを襲う。
はの頭にそっとキスをしながら顔を埋めた。
「会いたかった」
姿を消したのはの方だというのに、
感情は本音をぽろりと吐き出させる。
は苦笑しながら言う。
「暗殺者になっているとは思わなかったよ」
シーフギルドに行くと言った昔のの言葉を、疑っていた訳ではない。
けれど、が何を目指し、何を信仰していたかということを、
一番近くで理解してくれたのは、だったのに。
「……聖騎士になったんだな」
は正面を向いたまま、小さく頷く。
「お前達の行いは私の耳にも入っている」
「?」
は一度目を閉じて、ゆっくりと開くと、
幼馴染としての甘い感情を一瞬だけ消した、”聖騎士”の一人として言った。
「プロンテラで行ったテロ行為のことだ」
大都市と呼ばれる街の中央に、モンスターが召喚され、
たくさんの者が犠牲になったと聞いた。
あの時は、もしばらくプロンテラに留まり、各方面の手伝いに向かわされた。
「一体何本の枝を折ったんだ?」
「ああ、そのことか……お前もあの時プロンテラにいたのか?」
「いや、私は所用でイズルートにいた」
背後で大きな息がひとつ吐かれたことを、
は背中越しに確かに感じた。
「……そうか」
はの首にそっと手を回し、
そのまま、顎を持つと、ゆっくりと自分の方へと向かせた。
「次は、お前が近くにいる時は控える」
突然近距離で見つめられ、戸惑うは、
いつになく声を荒げる。
「なっ、そういう問題じゃないだろ!」
怒るに笑いかけたは、
そのまま顔を近づけ、軽くの唇に触れた。
熱い感情が揺れ動く。
初めてのキスのはずなのに、以前から良く知っている気がして、
恥ずかしさよりも心地よさが響き、
ゆっくりと顔を離した後には、物足りなささえ感じた。
「私は……」
俯いたが言葉を選びながら話し始める姿を、
は見守るように見つめる。
「私は、神に誓ったのだ、この国を守ると……」
「そうだな」
「なのに、なのにお前はどうして、どうしてッ」
知っていたはずなのに。
語り合い、励まし合い、共にこの国を守ろうと、誓った仲だというのに。
「どうしてお前は、私と敵対する道を選んだのだ…っ」
いつか対峙する時が来るのだろうか。
戦場で、仲間と共にいる互いの姿を、この目で確認する日が来るのだろうか。
は、込み上げてくる感情を制御出来ず、
つーんと感じた鼻の頭の痛みを誤魔化すように、腕で拭った。
はの手首を握ると、そのまま己の胸の中へと誘う。
聖騎士として着用している堅い鎧がからんと音を響かせる。
それはまるで、聖なる加護を受けた剣士の宿命を思わせる。
それでも、は構わずに力強く抱きしめる。
「……嫉妬したんだ、俺は」
「え」
「お前が望む、神の加護というヤツに」
「…………?」
毒を盛りたくなった。
壊してしまいたくなった。
を魅了し、独占している未来の理想を、
ぶち壊してしまいたくなった。
だから。
> 「……モロクにある、シーフギルドに行く」
この世界で、一番愛しい者から離れた。
愛している人が、己以外を愛す場面を、
これ以上、記憶しないようにと……。
はゆっくりとを離す。
の言葉をいまだに理解できず、
必死で理解しようと頭をフル回転させているに微笑みかけた後、
は、シュンとその場から姿を消した。
「あ」
は、消えたの名残を感じよう腕を伸ばしたが、
その手で感じられたのは、迷いの森の木々が揺れる爽やかな風だけだった。
「さーん」
遠くからの名を呼ぶ声が聞こえ、
は慌てて目に浮かんだ涙を拭った。
声がした方から姿を現したのは、アコライトの少年だった。
「良かった、ご無事ですね」
聖騎士としての仕事をする上で、良く顔を合わせているうちに、
いつの間にか、彼はが加入しているギルドと深く付き合うようになっていた。
「キミに心配されるのは、少し不本意だな」
「なに言ってるんですか、歩いてくるなんて心配してくれって言ってるようなもんじゃないですか」
とさほど身長差のない彼のまぶしい瞳を見ていると、
どこか微笑ましくなってしまい、いつも先に折れるのはの方。
「それは悪かった、次はキミにだけは心配をかけないようにするよ」
「さん!」
からかわれていることに気付いたのか、彼は少しばかり頬を膨らませる。
「もう行きましょう、さん」
「そうだな」
少年に導かれるように足を動かしたは、ふと、背後を振り返る。
の足が止まったことに気付いた少年も、立ち止まって振り返った。
「どうかしたんですか?」
また、会えるだろうか。
次は、どこで会うことになるのだろうか。
……願わくば。
「さん?」
は、フッと笑いを落とす。
「なんでもない、行こう」
久しぶりに芽生えた感情をそっと大事に抱えながら、
は、アコライトの少年と共にフェイヨンへと向かった。
次に会えた時は、
剣を向けるような場面でなければそれでいい。
そして、この熱く込み上げてくる気持ちを、
言葉にしてみるのも、また面白いかもしれない。
がそんなことを思いながら歩いていく姿を、
は、風が流れる木々の合間から静かに見送った。
の隣で笑っているアコライトの少年が目障りだと感じたの口から、
思わず本音がこぼれる。
「……だから、聖職は嫌いなんだ」
止まらない愚痴は、次から次へと溢れ出る。
は行き場のないイライラ感を抱えながら、
この日、フェイヨン迷いの森から姿を消した。