ドリー夢小説
うっすらと空に陽が昇り始めた頃、
踊り子は静かに宿屋のベッドに下ろされた。
カーテンの隙間から漏れる朝日が、眠っている踊り子の額に浮かんだ汗を光らせる。
聖職者は引き出しから取り出したタオルで、そっと踊り子の汗を拭き取った。
「ゴメンな」
そもそも、ダンジョンに行きたいと言い出したのは、踊り子の方だというのに、
聖職者は、守り切れなかった自身の器量と技量の無さに落胆した。
ヒールをかけても、その体力はなかなか回復せず、
それでも元気に振舞いながら帰宅しようとする踊り子を、
半ば無理やりに抱き上げて連れ帰った。
思ったよりも軽い体重に驚く間もなく、踊り子は聖職者の腕の中で次第にうとうとし始め、
街が見え始めた頃には、すっかり熟睡していた。
それでも。
踊り子の気持ちよさそうに眠る寝顔を見ても、聖職者の心を占領している靄は、
決して晴れることはなかった。



Wish

+++ +++ +++



頭痛がする。
うっすらと開けた視界に見慣れた宿屋の景色が映ると、
はゆっくりと重たい腕を持ち上げて額に置いた。
今は何時だろう……。
とっさに浮かんだ言葉。
薄暗い部屋だけど、カーテンの隙間から漏れる光があることに気付き、
まだ明るい時間なのだと思った。
だるい体を無理に動かすのも面倒で、もう一度まぶたを閉じるけれど、
一度目覚めた意識はもう夢の中へと向かうつもりはないらしい。

悪いことをしてしまった。
彼がいれば大丈夫だろう、などと、
ひとりよがりもいいところだった。
「行けるとこまで行ってみようなんて、さすがに言いすぎたかも」
溜息混じりに寝起きの声で呟いた直後、部屋の扉が申し訳なさそうにゆっくりと開いた。
「起きていたのか」
……」
が目覚めていたことに気付いたは、手荷物を抱えたまま小走りになっての元へと駆け寄った。
片手で荷物を抱えると、もう片方の手はの額へと伸ばす。
傷を追ったせいか、さっきまで発熱していたはずのだったが、
どうやらもうすっかり回復しているようだ。
「良かった」
ゆっくりと手を戻すの口から、無意識なのかとてもか細い声が聞こえ、
その響きが、あまりにもホッとしていて線が抜けたように聞こえたものだから、
は自分が心配をかけていたことなど忘れてしまったかのように、からかいながら言った。
「もう、なんであんたがそんなに弱ってるのよー」
当然のようには口を尖らせる。
「……お前が言うな」
はベッドの横にある木の椅子に座ると、抱えた包みの中から何かを探るように一つのアイテムを取り出し、
の手元に置いた。
カーテンから漏れる光しか届かない薄暗い部屋の中でさえも、
の目には、はっきりとした輪郭が見えた。
「青箱!」
驚きのあまり、はそう叫びながら飛び起きた。
「古く青い箱」というそのアイテムは、別名「青箱」と呼ばれるもの。
その箱を開けると、青い光に包まれアイテムが出現すると言われているが、
箱の中身は、開けるまで誰にも分からないという神秘的な魔力で封じ込められていた。
はようやく箱から視線を外し、を見つめながら震える気持ちを落ち着かせようと意識しながら口を開いた。
「これ……どう、したの?」
「欲しかったんだろ」
は一度だけ頷いた。

噂に聞いていた青い光が見たくて、
中に何が入ってるのか、開けた者にしか分からないというその未知なる力に憧れを抱いていた。
けれど、露店で購入できるほどの余裕もないし、
今の装備品ではまだ未熟な部分もあるから、と購入するのに諦める理由ばかりだったから、
聖職者のと一緒なら、と無茶な考えが芽生えたのも、
そんな、欲張った気持ちがあったからだった。
は抱えていたほかの手荷物を解きながら、適当に返事をした。
「露店で安く売っているのを見つけたんだ」
「で、でもお金はッ」
「ああ、倉庫にあった物をいくつか売った」
「……っ」
は立ち上がり、手荷物を近くにある棚の上に並べた。
手鏡やブラシなど、朝になってが必要に思う物を買い揃えていた。
けれど、隣で予想外に俯いているを不審に思い、
は、隠れて見えないの表情を窺い知るように聞く。
「……買ったものじゃ、気に食わないか」
「そんなことない! そうじゃないよっ!」
慌てて顔を上げたの瞳から、一瞬光が反射したような気がして、
は、驚きの表情を浮かべる。
「どうして、どうしてこんな……っ」
はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

どうしてこんな優しいことをしてくれるのだろうか。
どうしてこんな勝手なことをしてくれるのだろうか。
どの言葉を続けても、の心はよく分からない嬉しさと、よく分からない悔しさで一杯だった。

涙を押し殺し始めたに気付いたは、苦笑しながらベッドに腰を下ろす。
ふっと、見上げてくるの頬に手を伸ばしながら呟く。
「もちろん、見返りは欲しいと思ってるさ」
何かを言いだけに口を開いたの唇を、はすぐに己の口で塞いだ。
「ん」
甘く、くぐもったの声にぞくりとの鼓動が侵されそうになると、
ゆっくりと顔を引いた。
「青箱一つにキス一回、っていうのはどうだ?」
直後、赤くなった頬を膨らませて怒るの姿に、はお腹の底から嬉しさ香る笑顔を浮かべた。