ドリー夢小説
教会の下。
優しい風が吹くその場所で、
ハイプリーストの姉はアサシンクロスの彼にしか見せない笑顔を向ける。
柱の影から、そんな二人をじっと見つめるのは聖職者の道を歩くまだ幼いだった。
花びら舞う教会の下で
+++ +++ +++
歳の離れた姉は、幼馴染の彼と一緒にいる時が一番幸せそうだ。
他人と決して馴れ合おうとしない彼が、
姉の前でしか微笑まないことを知っている。
はぎゅっと強く手を握り締めた。
あの笑顔が私に向くことはない。
知っているのに。そんな未来はこないと分かっているのに。
なのに。
また今日も求めてしまう。
あの笑顔が私に向けばいいのに。
だけど、それはどちらだろう。
姉の笑顔なのか……それとも。
「みーっけ!」
背中を手のひらでどんっと叩かれ、は睨みながら振り返る。
「痛いよっ」
「ん、なに見てたんだよ」
かくれんぼ中に隠れずに何をじっと真剣に見ていたのかと、
はの視線を追いかけ、そして眉をしかめた。
の姉の隣で笑いあっているのは、の兄だった。
が振り返ると、はほのかに頬を赤らめて俯いている。
「行こうぜ」
の手を強引に掴んで、は静かな教会の廊下を歩きながら出入り口へと向かう。
教会を出ると、がてっぺんの鐘を見上げていることに気付き、
は足を止めた。
昔から、はすぐ教会に逃げる。
親に怒られたり。友達とケンカしたり。モンスターにやられたり。
にからかわれたりすると。
は必ず教会へとやってくる。
それが分かっていて迎えに来ることもあれば、
それが分かっていて、知らないふりをすることも、
にとっては、すでに日常になっているような気がする。
「…」
は無言でと向き合う。
本当は、知っているんだ。
が教会へ逃げる理由。
「今度はが鬼だかんな」
「…分かった」
本当は、知っているけど知らないふりをしてあげるよ。
だって、が教会へと逃げる理由を認めるのが何故だか少しだけ怖いんだ。
はの手を離さないまま、仲間内の溜まり場へと戻っていく。
かくれんぼをしようと言ったのは誰だったか分からない。
いつも通りのおしゃべり中に、数人で始まった突然のかくれんぼ。
真っ先に鬼になったのはだった。
そして、真っ先に見つけに行ったのががいる教会だったから、
溜まり場へ戻っても、きっと誰もいない。
「あ、!」
しばらくの間、と二人でまったり過ごそうと思っていたはの名前を呼ぶ彼女の姉の声に気付くと、
自然と足が止まっていた。
二人同時に振り返ると、やはりの姉の背後からゆっくりとの兄が姿を現した。
「こんにちはくん」
「こんにちは、相変わらず今日もキレイですねお姉さん」
にっこりと愛想笑いを浮かべてそう言うと、兄はむすっと機嫌を損ねたような顔でふてくされた。
こんな時でないと兄をいじめることなんて出来ず、
は満足そうに微笑む。
「あら、ありがとうくん」
「お姉ちゃん、なにか私に用でもあった?」
「あ、そうそうえっとね…」
姉は自分が胸元にかけていたロザリオを外すと、の手を取りそっと握らせる。
「もうすぐ転職するって聞いたから」
誰に聞いたの?と言葉にしなかったのは、直後に姉が背後をチラリと振り返ったから。
から聞いた兄が、の姉に話したのだろう。
知られたなくなったのにと思いつつも、
の兄の口からの話題が飛び出したことがどこか嬉しく、緩む気持ちを抑えることで精一杯だった。
「転職祝いにあげようとずっと思っていたから……受け取ってくれる?」
手渡されたロザリオを見下ろしたまま何も言わないが心配になり、
姉は不安そうな声でに問いかけた。
はロザリオを首にかけると、顔を上げてお礼を言う。
「もちろん、ありがとうお姉ちゃん大事にするね」
「よかった」
嬉しそうに微笑んだ姉を見たの兄の方が、嬉しそうに微笑んでいるのを視界の隅で見たは、
笑顔を浮かべたままの手を強引に引っ張り二人に背を向けて走っていった。
溜まり場へ戻ると、やはりそこには誰もおらず、
閑散と雑草が風で揺れていた。
は荒く息を吐きながらじっと下を俯いていたが、
の手を握る力は、先ほどよりも強い。
「…………」
気付いてしまった。
「…っく」
気付いてしまった。自分の気持ちに。
「……ひっ…く……」
気付いた途端に。
「……うわあああん…っ」
失恋した。
「ッ」
大声で泣き出したを、は背後からぎゅっと力強く抱きしめた。
それでも。
「っぐひっく、ううっ」
決して泣き止まないの泣き声は、涙と一緒に夕暮れを見上げていた。
大好きなのに。こんなにも。
心が締め付けられるほど大好きで。
あなたの笑顔が大好きで、嬉しい気持ちになってしまうくらい大好きなのに。
あなたを笑顔に出来るのは、自分じゃない。
「うわあああんっ」
まるでの泣き声は自分の心の叫びなのだと、
は胸打つ痛みを感じながら思った。
それからたくさんの雲が上空で流れると、辺りは真っ暗になっていた。
の腕の中でようやく静かになったはただじっとの腕の中で立っている。
「……」
は、を抱きしめながら耳元で囁くように彼女の名前を呼んだ。
「オレさ、明日アサシンギルドに行って来る」
「!?」
はさっきまで大泣きしていたことなどすっかり忘れてしまったかのように、
驚きのあまり振り返った。
はどこか照れくささを浮かべながらもゆっくりとから一歩離れると、
それまで誰にも言わなかった本音を吐き始めた。
「ローグになりたいって言ってたのはさ…嘘…じゃないんだけど、なんていうのか…誤魔化してたんだよね」
「……なんで…?」
は後頭部をかきながら俯く。
「……兄貴の代わりなんてヤだったんだ」
「代わりって?」
は顔を上げてポケットに両手を入れると、空でキラキラと輝く星達を見上げた。
「だってはいつも兄貴のことばかり見てたから」
「っ」
「……だから、オレがアサシンになりたいって言ったってちゃんとオレのこと見てくれないだろ」
「そ、そんなこと…っ」
はと視線を合わせる。
その瞬間、確かにどきりと心が鳴ったのが分かった。
「迷ってたのはホント、だから転職せずに盗賊極めちゃったしね……だけど決めたから」
一際強い風が吹いた。
の長い髪が視界の中で大きく揺れる。
慌てて髪を整え始めたに向かって、は決意を込めた笑顔を向けながら、
はっきりとに言った。
「もう、誤魔化さない」
◇
教会の下。
優しい風が吹くその場所で、
ハイプリーストの姉はアサシンクロスの彼にしか見せない笑顔を向ける。
祝福に訪れたたくさんの人に紛れ、
そんな二人をじっと見つめるのは闇の色を纏った男性と胸元にロザリオを掲げた女性だった。
「今さら結婚式なんて……なあ?」
「ふふ、でもお姉ちゃんもお義兄さんも幸せそうだよ?」
「あの二人は年中幸せなんだから見慣れすぎててつまんねえ」
「もう、はロマンがないなあ」
「……悪かったな」
極限まで退屈になったはの手を取ると、
教会から逃げるように走り始めた。
「ちょっと、まだおめでとうって言ってないのにっ」
「いいんだよそんなもん」
「でもっ」
「祝うよりも、祝ってもらう立場の方がいいだろ?」
楽しそうにそう言ったの言葉にどこか納得出来ない気持ちを抱えながらも、
は嬉しさ溢れる笑顔をに向けた。