ドリー夢小説

First impression.


私がまだ将来を見定めていなかった頃、
突然あの人は現れた。
いつも一緒に居る友人達はほとんどがノービス時代からまだ一度しか転職をしていなくて、
だから、突然降り続ける光の乱舞に戸惑い続けた。
ぼーっとしながらお礼を言おうと口を開いたら、
こっちが言葉を発する前に、あの人は鼻で笑いながら言ったんだ。

「なにやってんだ、早く倒せ」

何故か、明確に覚えている彼の声。
最初に出会ったのはフェイヨンの森だったけど、
次に出会った時は、ミョルニール山脈だった。
「またお前か」
そんな声が木々の合間から聞こえ、
私は弓を降ろして辺りを伺うと、白い礼装を着た聖職者がごろんと横になっていた体を持ち上げた。
「よお、久しぶりだな」
私は思わず唖然とした。
寝ていたのだ。木陰の間で。本を枕代わりにして。
ハイプリーストの彼は、起き上がると座ったまま両足を広げ、
両膝に腕を置き、足の合間で両手を組んだ。
そして。
「変わんねえのな、お前」
と、あの笑みを浮かべた。
口端を歪ませ、唇の隙間から透けるような声で囁くように喋るこの不思議な聖職者は、
何も言い返さない私に呆れたのかそれとも飽きたのか、
すぐに立ち上がると服の汚れを落とし、
再度私を、光の世界へと落としてくれた。
「じゃあな、今度会う時はもう少し成長してるのを楽しみにしてるぜ……その胸とかな」
最後の捨てセリフを言いながら、彼は姿を消した。

それからたくさんの時が流れても、あのニヤリと笑った顔だけは、今でも不思議なほど鮮明に思い出せる。

聞いてる?」
そう言われ、私はハッと現実を取り戻した。
ノービス時代からの仲の良い仲間同士でギルドを作った。
最近はみんなで狩りに行くことも増え、
こうして溜まり場でゆっくりお喋りをする機会も減ってしまったというのに、
私はそんなみんなを残して、ぼーっと昔の記憶を辿っていた。
「あ、ゴメン、ちょっと考えごとしてた」
慌ててそう返事をすると、みんな困ったような顔をして、
いつものことだからね〜と苦笑した。
「あのね」
隣に座っていたが私の顔を覗き込みながら優しい声で教えてくれた。
「これからフェイヨンダンジョンに行こうってみんなで話してたんだ、も一緒に行かない?」
「うん、が行くなら一緒に行くよ」
私が返事をすると、みんなは嬉しそうに喜んでくれた。
「助かる〜」
の合奏見るの楽しみだなあ」
「おいおい、見てて瀕死になったって知らないぞ」
「大丈夫よー、ヒール、あてにしてるから♪」
元気のいいみんなの会話にようやく混ざった私は、
隣でが不安そうに表情を曇らせたことに、私は全く気付いていなかった。
「あ、銀の矢買いに行ってくる」
そう言うと、みんなからついでにあれもそれもと買い物を頼まれ、
私はメモに書きとめながら頷いていく。
「じゃあ行ってくるね」
一足先にダンジョンへと向かっていくみんなに手を振って別れると、
が私を呼び止めた。
「僕も行くよ、一人じゃ大変でしょ?」
「ううん大丈夫だよ、すぐに行くから先にみんなと行ってて」
「でも……」
「?」
はその先を言いかけてピタリと唇を止めた。
何かを考え始めたみたいだったけど、
すぐに「分かった」と言って、みんなの後を追いかけていった。
私はの背中が小さくなっていくのをしばらく見つめながらも、
早く買い物に行かなきゃと気が焦ったのを感じ、
慌ててフェイヨンの武器商人の所へと向かった。
中に入ると、思いも寄らないハイプリーストの純白の色が目に飛び込み、
私はきゅんと胸を鳴らしながら勢いよく顔を上げた。
「よお」
思わず、持っていたメモ用紙を落としてしまった。

突然なんだ。いつも。
いつもこの人は、突然現れる。
突然現れて、そして―――突然去っていくんだ。

彼は私が落としたメモを拾おうと上半身を屈ませた。
落ちたメモ用紙を手に取った彼は、屈んだまま視線だけを私に向けると、
目を細くさせてにやついた顔で言った。
「へえーここから見るとずいぶんとイイ眺めだぜ」
ついカッと顔が熱くなって、咄嗟に手近にあった武器を手にし、
くいっと手首を捻って鞭の先を伸ばしてしまった。
けれど、直後に感じた手応えは、
鞭の先が敵に当たった感触ではなく、
鞭の先を相手に捕られた感触だった。
「っ」
思わずぐいと手前に引く。
けれどしっかり握られてしまったままの鞭が戻ってくるわけもなく、
ぴーんと鞭は伸ばされた。
「ったく、驚いただろうが」
溜息混じりに彼はそう言った。
言葉通りに驚いたとは思えず、私は余計にムキになりぐいと再度引き寄せる。
すると、今度は抵抗感は全くなく、
むしろ素早く私の手首は引き戻された。
先ほどとは全く違った感覚に戸惑っていると、
何故か彼は私のすぐ目の前にいた。
「こんな道具で誘われたのは初めてだ」
私の武器の先を指先に絡ませた彼は、だらりと垂れた鞭で軽々と私の両手首を縛り上げた。
壁際に押され、頭上で縛られた両手首がきゅっと痛む。
「悪いな、こう見えて俺は手先が器用なんだ」
「離せッ」
「お」
上から見下ろす彼が武器屋の電灯を隠し影を作る。
暗く浮かんだ笑顔のまま、彼は目を開いて驚いた。
「初めてだな」
その声は、今まで聞いていた彼の言葉の中で、
何故だか一番優しく聞こえた。
私の顔を上から見下ろすと、
彼はそれまで見たこともない顔で言った。
「初めてだ、お前の声を聞いたのは……」
今までいじわるな顔だったり、楽しそうに歪んでいる顔しか見たことがなかった私は、
一瞬だけ見せた、彼の表情のない顔が私の脳裏に焼きついてしまった。
そのまま彼はゆっくりと私に顔を近づけてくるというのに、
私は薄く口を開いたまま、視線を逸らせずにいた。
!!」
酔い始めていた感情が、の声で現実へと戻された。
彼の腕の中から横を向けば、が青い顔をしながら店の入り口に立っていた。
の形相と勢いに感づいた彼は、両手で空を仰ぎながら降参の意を示すと、
そっと私を解放をした。
縛り上げられた両手首の痛さよりも、
彼が向かっていった場所が出入り口だったから、
こんな形で別れるのかと、そんな寂しさの方が痛かった。
「待…ッ」
の横をすれ違っていく彼は、思わずよろけた私を見下ろすと、
あの嫌味を込めた笑みを浮かべながら、
持ち上げた口端の隙間から「またな」と言い、店を出て行った。
彼が店からいなくなるとは顔を真っ赤にしながら怒る。
「今のヤツ知り合いか!?」
私は一度だけ首を振った。
名前も知らない人。挨拶だってろくにしない。だけど。
私はぎゅっと胸元で手を合わせて握る。

だけど。いつの間にか私は彼に会うことばかり望んでいる。

の反対を押し切り、私はギルドを離れ旅に出た。
ギルドを抜けるとまで言った私にみんなは笑いながら「待ってる」と言ってくれた。
会いたい人がいるの、と告げるとみんなは驚いた表情を浮かべながらも、
「じゃあすぐに会いに行かないとね」と言って私を見送ってくれた。
いつも突然やってくる短い逢瀬。
望んで会える訳はないと分かってはいても、
あの時、気付いてしまった。
至近距離で見下ろされた彼の瞳の中に映っていた私は、
確かに、恋をしていた。
あてもなく旅をするのもたまにはいいかもしれない。
ひとまず今まで彼と会った場所に行ってみようと思った。
出来る限りカプラの力は借りず、一人で歩いてみようと決めた私は、
フェイヨンからプロンテラまで進み、ゲフェンまでやってきた。
これからどこに行こうかと私は宿にて地図とにらめっこをする。
手持ちのゼニーが少なくっているから、しばらくここを拠点に狩りをして小銭を稼ぐのもいいかもしれない。
そんなことをふつふつと考えている時、
部屋の扉がノックされた。
「はい」
返事をしても、しばらく待っても、
扉の向こうはとても静かだった。
「?」
私は旅の疲れで重たくなった足を引きずるように歩く。
扉の目の前で立ち止まると、
再度、コンコンとノックする音が聞こえた。
「はい、開いてます」
それでも、扉は開かない。
私は片手にナイフを持ち背中の後ろで隠しながら、
もう片方の手でゆっくりと扉を開けた。

「よお」

言うが早いか、私はそう言った来客の首元めがけてナイフを当てていたのだが、
聞こえてきた低音の声と、
眩しいほどの白い服装に、私の手首が一気に緩む。
「フッ、強くなったじゃねえかお前」
口端が上がる。
「けどまあ、胸は前会った時と成長してねえのな…」
目元が歪む。
「あん? なんだよ、いいからコレ早く下ろせ」
彼は震えるナイフを指差して言った。
「どうして…」
手が動かない。
まぶたさえ動かない。
ただ動いた言葉は、つまらないちっぽけな疑問の言葉だけ。
けれど彼は目を細めながら、強引にそのまま私の方へと歩み寄る。
私は彼を見つめたまま後退する。
彼が部屋の中に入ると、扉は自然とキィーという寂れた音を響かせながら閉じていく。
「俺を、探していたんだろ?」
そう言いながら手首を握られ、
ナイフが手元から落ちると同時に唇を塞がれた。
「んっ」
唇の隙間から、苦しさのあまり空気を求める声が漏れた。
ほんの一瞬だったはずなのに、
私は何分も息をしていなかったかのように、
彼が離れた直後に大きく息を吸った。
「なあ、なんで俺を探してた?」
咄嗟に、唇を噛んだ。

悔しい。悔しくてたまらない。
きっと知っているんだ。
きっと知っていて、知っていてわざと私に言わせようとしている。

私が黙っていると、彼は無言のまま近くにあったベッドの端に足を広げて座った。
「お前の返事次第では、お前とつるんでやってもいいぜ……なあ、聞かせろよ」
「っ」
「聞こえねえよ」
私は沸騰としていく頭の痛さや狭くなっていく視界の中で、
ただこの言葉をぶつけることしか出来なかった。

「アンタが好きだからだ!」

心臓が爆発して、立っていられなくなった私はその場でうずくまる。
そんな私を見ながら、彼は声を殺して笑い続けた。
彼の笑い声が落ち着くまでに、しばらく時間がかかった。
私はそれまで言ってしまった自分の恥ずかしいセリフを、
今すぐにでも取り消したい気持ちと葛藤するのに精一杯だった。
「お前、名前は?」
あ。
表情のない顔。

これが。この顔が。
…か」
彼の本当の顔なのかもしれない。
「俺の名前は
?」
「ああ」
彼は座ったまま広げた足に両腕を乗せ、そのまま手を組むと屈みこんで座っている私と目を合わせて言った。

「殴り専門の聖職者だ、よろしくな」

直後。私はまた唇を噛んだ。
彼が魔力の薄い聖職者だったからではない。
直後に見せた、優しく微笑むの笑顔に、
私はまたドキリと胸を鳴らせてしまったからだ。




絶対いつか言わせてやる。
いつかにも、顔を真っ赤にしながら恥ずかしいセリフを言わせてやる。
それまで、私は絶対に傍にいる。

悔しいかな。
そんなことをに言ったら、いつものいじわるそうな顔をして声を殺しながら笑い転げ、
「楽しみにしている」と言ったのだ。